団塊の世代が65歳を超え始め、街を歩けばシニアを多く見かけるようになった。そのシニアたちをよく見ると、いわゆる従来の高齢者とはどこか違う。これまでの高齢者とは一線を画す、「ニューシニア」とはどのような人たちなのか。
団塊世代の動向研究やマーケティング調査を専門とし、シニアライフアドバイザー、「NPO法人シニアわーくすRyoma21」理事長も務める松本すみ子氏の講演を報告する。
団塊世代の動向研究やマーケティング調査を専門とし、シニアライフアドバイザー、「NPO法人シニアわーくすRyoma21」理事長も務める松本すみ子氏の講演を報告する。
求められる既成概念からの転換
日本はこれから超高齢社会に突入する。これは全世界の誰もが、未だ経験したことのない社会だ。そんな社会のありようを考えるときに、もっとも危険なのが前例や既成概念に囚われること。とりあえず、これまでシニアについて語られてきた常識は、すべて疑ってかかった方がいい。
いま必要なこと:発想の転換
例えば、老齢人口の定義について。老齢は65歳以上とされるが、本当にそれでいいのか。有識者会議を開いて検討するなど、国に見直し気運が出ていることが示すように、老齢の定義をおかしいと感じる人が増えている。生産年齢人口を15歳から64歳とする捉え方にも違和感を覚える。いまどき15歳で働いている人などほとんどいない一方で、65歳を超えてもバリバリ働いている人がたくさんいる。年齢の枠組みを変えれば、自ずと生産年齢人口は増えるだろう。
高齢者雇用安定法の制定により60歳定年から5年間の再雇用制度が導入されたが、再雇用された人たちは果たして幸せなのだろうか。再雇用者の話を聞けば「居場所がない」「給料が安い」「昔の部下が上司になって面白くない」など不満だらけだ。会社側も本音では早く辞めて欲しいと思っている。労使双方にメリットのない制度を続けるよりも、新たな制度を考えるべきだ。
実は現在の60歳~70歳ぐらいまでの人たちは、以前の同年代と比べてとても元気だ。力を持て余しているぐらいで何かしたくて仕方がない。そこで旅行に行ったり、新しい仕事を始めたりしようとするが、実はこの人たちに向けたサービスがポッカリと抜けていたりする。間違いなくここにはビジネスチャンスがある。今は団塊世代がボリュームゾーンだが、20年後には団塊ジュニア世代が60歳になり、再び大きなマーケットが生まれる。これを見逃す手はない。
変化するシニアの生き方
超高齢社会になると要介護者が急増するといわれるが、本当だろうか。少なくとも74歳までの前期高齢者に限るなら、2025年の予測でも要介護者の割合は4.8%に留まる。ほとんどの人が74歳までは元気だ。これを裏付けるのが健康寿命(自立した生活ができる生存期間)で、日本人の平均は75歳と世界一を誇る。
(※世界保健機構(WHO)が発表した数字は、男性72.3歳、女性77.7歳、平均75歳。2012年に厚生労働省が初めて発表した数字は、男性70.42歳、女性73.62歳)
(※世界保健機構(WHO)が発表した数字は、男性72.3歳、女性77.7歳、平均75歳。2012年に厚生労働省が初めて発表した数字は、男性70.42歳、女性73.62歳)
実際、体力面、精神面ともに若々しいのが今のシニアだ。彼らをターゲットとして考える場合には、その想定年齢を実年齢の7掛けか8掛けぐらいに見ておくべきだろう。例えば、70歳を対象とした商品開発に取り組むなら、50歳ぐらいの人を相手にするつもりでちょうどいい。
こうしたシニアの若返り現象によって、さまざまな変化が起こっている。例えば、熟年離婚が増加しており、一方では事実婚も含む熟年再婚が1995年~2005年までの10年間で倍増している。一昔前なら70歳での恋愛などみっともなくてとても表沙汰にはできないという認識があったが、今はそんなことは誰も気にしない。高齢者の男女関係についても従来の常識はもはや通用しなくなっている。
変化するシニアの生き方
その反面、新たな問題も起こっている。熟年独身者の増加だ。団塊世代の18%が独身である。そこで問題となるのが50代、60代男性のシングル増加だ。男性シングルといっても80歳ぐらいなら、周りが何くれとなく気を配ってくれるので、万一の場合の発見も早い。これが50代~60代となるとまだ現役世代であり、特に誰かが目を向けたりしない。ところがその歳で独身生活となれば食事をはじめ生活は乱れがちだ。不摂生の結果、ある日突然、脳溢血や心筋梗塞で孤独死するケースが、これから続出するおそれがある。これらシニア独身男性へのサービスが、今後必要になってくる。
一般的にシニアが関心を持っているのは、「お金」と「健康」と「生きがい」だ。といってもフルタイムで働き、がっちり稼ぎたいのでも、健康を維持してひたすら長生きしたいわけでもない。彼らが求める生きがいとは、自分が“社会とつながっている証”である。社会に役立つ活動をするために健康でいたいのであり、自分が価値ある行動をしている裏付けとしてお金が欲しいのだ。
よくシニア向けの施設やイベントなどで「シルバー」「老人会」「いきいき」「悠々」といった言葉が不用意に使われているが、本当にシニアに来てもらいたいなら、これらは絶対に禁句だ。こうした言葉がついた途端に、今のシニアは「自分たちのことじゃない」と拒否反応を抱く。
シニアの変化に対応し、「人生二毛作時代」へ
高齢者を単純に年齢で区切る考え方については、国も方針転換を明らかにしている。2012年2月23日には「高齢社会対策の基本的あり方に関する検討会」で、65歳以上を一律高齢者と扱うことを改める報告書が出された。現行の再雇用制度は早急に改めるべきで、60歳定年制を維持するのなら、早期退職で肩たたきをしたりせず、60歳までの雇用を保証すべきだろう。定年制があるにも関わらず、40代後半から追い出しにかかるのはおかしい。
一方で働く側も意識を改め、60歳以降の働き方を遅くとも50代から考えるよう求めたい。10年間かけて覚悟を固め、それなりの準備をした上でセカンドステージに入る。こうした動きが本格化すれば、能力のある高齢者による新しい産業創造が起こるだろう。これからのシニア世代には単なる消費者としての役割だけでなく、自らが超高齢社会の支え手となる覚悟を求めたい。
そんなシニアが活躍する場は「地域社会」だ。いま自治体は公務員の人員削減により疲弊が激しく、本来行政がやるべきことさえ手が回っていない。これをシニアが請け負ってカバーする。実際能力のあるシニアを求める声は、地域社会の中で日増しに大きくなっている。強いシニアが増えてくれば、俗に言う「肩車社会」、一人の老人を一人の若者が必死に支えるような未来像には決してならないはずだ。
そのために「人生二毛作時代」の普及を訴えたい。60歳までを現役世代、それ以降をリタイア世代とし、60代以降は現役時代とはちょっと違った視点での働き方を追求するのだ。シニアがいきいきと働くことで自治体は助かり、現役世代も子育てなどをサポートしてもらうことで、より充実したワーク・ライフ・バランスを実現する。そんな社会をこれからの日本は目指すべきだろう。
人生二毛作時代の生き方
リタイア世代が稼ぐといっても、月に何十万円も必要なわけではない。既に年金が夫婦二人なら20万円はあるのだから、そこにプラス5万円収入が増えるだけでいい。これがシニア世帯にとっては価値のある5万円になる。国も「新しい公共」を方針として打ち出しており、行政と市民の協業事業を進めている。行政が市民に場を提供し、信頼し、権限を移譲して、地域の円滑な運営と活性化を図ろうとしている。この流れが定着することを願いたい。
年金兼業生活とコミュニティビジネス
新しいシニアの労働観は前の世代のそれとは異なる。「働くこと」=「雇われること」ではなく、地域で求められる役割を果たすことだ。「年金兼業生活」とは、年金をベースに少額の収入を得る働き方で、そのための受け皿となる仕組みがコミュニティビジネスやNPOだ。新しい動き、ワーカーズ・コレクティブやワーカーズグループにも注目したい。1人10万円ずつほどの出資金を10人程度が持ち寄り、これを元手としてビジネスを行う。通常の営利目的の会社なら採算ラインに乗らない事業でも、1人1ヶ月5万円程度の収入で良いのなら事業として回る可能性は高い。自治体の指定管理者制度もシニアビジネスの狙い目となる。
年金兼業生活
シニアビジネスは、ビジネスと名はつくもののお金儲けが主目的ではなく、自分とその周りにいる人々が幸せになることを最上位の目的とする。自分の人生を犠牲にしてまで働くのではなく、まず自分たちが幸せになることが重要なのだ。だから誰かに雇われるのではなく、参加メンバーの一人ひとりが経営者感覚で働く。団塊の世代の間では、こうした動きが始まっている。以下にそうした事例を紹介する。
■おもちゃドクター 壊れたおもちゃを修理して、修理代を受け取る活動が広がっている。最近のおもちゃはICが組み込まれているため、その場ですぐに直せるケースの方が少ない。修理する側も対応を考える必要があり、持ってきたおもちゃをいったん引き取って治す。難しい修理をこなすことが刺激になり、また子どもたちから感謝されることが生きがいになる。どんなおもちゃでもきちんと直してくれることが評判になり、活動が広がっている。
■小学校のスタディアドバイザー 最近の小学校では、いわゆる「小一プロブレム」が問題となっている。小学校に入ってきた子どもたちが授業中にじっと座っていることができず、若い先生だけではなかなか対応しきれないのだ。そこで「スタディアドバイザー」としてリタイアした人たちが小学校に出向き、若い先生をサポートするコミュニティビジネスが始まっている。これは文部科学省も学校の新しい運営法として注目している。
■介護タクシー 個人タクシーの認可はなかなか下りないが、介護タクシー制度が2006年にできて、比較的容易に認可が下りるようになった。運輸局に書類を出して認可されれば介護タクシーを運営できる。この制度を利用して車好きのサラリーマンが定年後に事業を開始、今では3台の車を5人の仲間と運用している。介護タクシーは参入が容易なため過当競争に陥りがちだが、シニアのホスピタリティを活かしたサービスで差別化を図り、透析専門病院と専属契約を結ぶなど成功している。
■古民家サロン いま地域社会では、古民家の空き家が問題となっている。長年住んでいた夫婦がなくなり、子どもたちは遠くに出ていって戻ってこない。結果として空き家が放置されたままになる。これは防犯上も見過ごすことのできない問題だ。こうした古民家をみんなのサロンとして活用し始めた人がいる。みんなが集まれる場所があることがシニアにとってはとても重要で、そうした場所があると新しい活動が生まれるのだ。
個人活動
■シニア起業例:コーポラティブ方式のシニア村
ごく普通のサラリーマンが早期退職し、親の土地に自分たちが考える理想の老人ホームを作った。数億円かかる建築資金は、入居希望者からの前受金でまかなっている。つまり理想のプランを説明してまわり、5年がかかりで29人の入居者を集め、一軒あたり2900万円の前受金を集めたのだ。この事業の有用性を認めた国土交通省は4000万円の補助金を出している。決して特殊な能力を持っているわけでもない人でも、強い思いがあり、地道に活動すれば、これだけのことができる好例だ。
ごく普通のサラリーマンが早期退職し、親の土地に自分たちが考える理想の老人ホームを作った。数億円かかる建築資金は、入居希望者からの前受金でまかなっている。つまり理想のプランを説明してまわり、5年がかかりで29人の入居者を集め、一軒あたり2900万円の前受金を集めたのだ。この事業の有用性を認めた国土交通省は4000万円の補助金を出している。決して特殊な能力を持っているわけでもない人でも、強い思いがあり、地道に活動すれば、これだけのことができる好例だ。
シニア起業
■シニアNPO:松渓ふれあいの家
空いている中学校の教室を使って、男性が始めた、男性のためのデイケアサービスセンター。実は通常のデイケアサービスの利用者は、ほとんどが女性だ。男性シニアは、女性に混じってお遊戯などをさせられることを嫌う。だからといって男性にデイケアサービスが不要というわけではない。そこでごく普通の元サラリーマンたちが集まり、杉並区の事業公募に応募してサービスを始めた。この施設は利用者の半分以上が男性と、狙い通りの結果を収めている。
空いている中学校の教室を使って、男性が始めた、男性のためのデイケアサービスセンター。実は通常のデイケアサービスの利用者は、ほとんどが女性だ。男性シニアは、女性に混じってお遊戯などをさせられることを嫌う。だからといって男性にデイケアサービスが不要というわけではない。そこでごく普通の元サラリーマンたちが集まり、杉並区の事業公募に応募してサービスを始めた。この施設は利用者の半分以上が男性と、狙い通りの結果を収めている。
■シニアNPO:深谷シネマ
地方都市の映画館が寂れている中、深谷市でも映画館がなくなってしまった。そこで映画好きのシニアが立ち上がり、映画館を再生するための市民募金を集めた。こういう形で声を上げると、映画好きな人たちが集まってくる。仕事を抱えていたりするために自分が映画館再生に携わることはできなくとも、資金提供してもいいと考える人はいる。そうした人を集めて、深谷市では映画館が再生されている。この市民基金を募るというやり方は、シニアが行うビジネスにとっても有効である。
地方都市の映画館が寂れている中、深谷市でも映画館がなくなってしまった。そこで映画好きのシニアが立ち上がり、映画館を再生するための市民募金を集めた。こういう形で声を上げると、映画好きな人たちが集まってくる。仕事を抱えていたりするために自分が映画館再生に携わることはできなくとも、資金提供してもいいと考える人はいる。そうした人を集めて、深谷市では映画館が再生されている。この市民基金を募るというやり方は、シニアが行うビジネスにとっても有効である。
シニアNPO
これらの事例を見てもわかるように、一人の思いがみんなの思いとしてまとまっていくのが、新しいシニアの特徴だ。大切なのは、まず誰かが声を上げること、声が上がれば同じ思いを持つ人たちが自然と集まってくる。勇気を出して声を上げたシニアをサポートする仕組みを整備していくことが、今後の課題だ。
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